発掘物語5 | 執筆記事|同志社大学歴史資料館

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第4回 : 裏築地町の築地塀 ~同志社大学・大学会館地点(第3次調査)の調査から~

松田 度
同志社大学 歴史資料館 調査研究員
同志社大学 大学院 博士課程後期

最終更新日 2003年9月19日

 8月から始まった大学会館地点(上京区裏築地町と御所八幡町の一部を含む)での発掘も、無事に終わりをむかえることができました。今回は、これまでの発掘物語でも紹介してきた江戸時代の町屋遺構について、もうすこし補足しておきたいと思います(あわせて発掘物語5 第13回もご覧ください)。


 調査区東端では、南北方向にのびる幅0.6mの石組が見つかっています。長さ4mが確認でき、続きはトレンチ外にのびてゆきます。東西に面をそろえ、中央部分には一定の間隔ごとに礫を詰め込んでいますが、場所によって礫がみられない部分もあります。この石組はその特徴からみて、中央に柱列を立て並べた、南北方向の築地塀の基礎と考えることができます。この築地塀は、近代の整地土で埋没していたことから、明治・大正時代まで使われていた可能性があります。

 以前紹介した分銅がみつかった場所は、この築地塀より西側にあった、江戸時代の室町通にそって軒先を連ねた町屋の建物内とみてよいでしょう。 また前回紹介した瓦組の貯蔵庫も、この町屋での生活の一端を担ったのでしょう。なお、このような瓦組の貯蔵庫は、本学キャンパスでは女子大図書館地点の調査で検出されている方形瓦積穴蔵に次いで2例目の発見です。


 大学会館地点の調査も今回で最後となりました。これからできる新しい大学会館では、大学会館地点での発掘調査成果をもとにした、学生たちのアイデアがいっぱい詰まった歴史展示が計画されています。また、昨年度おこなった大学会館地点の発掘調査の概要については、近日HPで公開する予定です。どちらもご期待ください。

 この調査でお世話になった方々、そして発掘調査と整理作業をささえてくれた学生諸君、あらためて感謝いたします!そしてこれからもよろしく!


築地塀の基礎




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