発掘物語2 | 執筆記事|同志社大学歴史資料館

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段々畑

鋤柄 俊夫
同志社大学 歴史資料館 専任講師

最終更新日 2002年6月28日

 大学会館の駐車場部分の調査がはじまっています。まずはその最も東端にトレンチを設けました。

 駐車場を覆っていた石敷きの下で、最初に見つかったのは東西方向の石垣です。場所は駐車場のほぼ中央で、3段に積まれた石垣の高さは約50㎝、石垣の面は低い方の南にあわせてありました。

 つまり、現在の大学会館が立てられるすぐ前、この場所は、北が高く南が低い2つの平坦面が、石垣で分けられて階段状に並んでいたようなのです。そして駐車場の下でみつかった、古い電気や水道などの配管も、この石垣の北側に沿って設けられていました。

 良く知られているように、京都市内は北が高く南が低い扇状地地形をしています。もっともその規模が大きいため、あまりその傾斜を意識することはありません。しかし場所によっては、そのままでは家が平らに建てられないような斜面もあったはずで、本学の建つ上立売と今出川の間も、かなり急な傾斜地となっています。

 そんな場所に大きな建物を建てようと思ったら、斜面の上を削って、下に盛土をして、段々畑のような形にするのが普通。この石垣はおそらくそのための施設だったと思います。

 ところで記録を調べてみると、ちょうどこの石垣の位置が地番の境目になっていることがわかりました。この地番がどのくらい前の時代を反映しているかはわかりませんが、江戸時代以来の敷地境がその前身にあった可能性も考えられます。

 ということは、あるいは室町殿があった時代の土地利用の名残が、この境界線から読み取れないだろうか。期待と想像がふくらんでいきます。


石垣横から。


石垣上から。



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