発掘物語2 | 執筆記事|同志社大学歴史資料館

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-室町殿跡(旧大学会館地点)・第2期調査-
~その2~

鋤柄 俊夫
 同志社大学 歴史資料館 専任講師
杉本 晃佑
 同志社大学文学部 二回生
眞々部 貴之
 同志社大学文学部 二回生

最終更新日 2003年1月15日

 室町殿跡(旧大学会館地点)の調査が進行中です。今回は、新たにみつかった遺構と、調査参加者によせてもらった一言を紹介します。

 旧大学会館の別館地点西南隅から、南北方向と東西方向に曲がる石組がみつかりました。東西方向の石組は面を北に合わせており、西側延長部は礫溜まりで削平されています。南北方向の石組は面を西に合わせており、南側の延長部分は、該当する部分が削平されていますが、そのままトレンチの外に延びていきそうです。石の下には握り拳大程度の礫が敷かれています。したがって、この石組は、この場所を北東の隅とした建物の基礎の縁石ではないかと考えられます。ただし、南北方向の石組の面が、西(内側)を向いているため、最初の形は今と異なっていた可能性があります。なお、見つかった石組の大きさは、南北が2.6m、東西が2.3mで、一番大きな石の長さは78cmです(写真は右が北)。
 さて、この石組がつくられた時期についてですが、石組内側の整地層の下部から、唐津焼きの皿や16世紀末頃の土師器皿が出土し、この石組を据えた粘土層(石組の下の礫敷きの下)から焼け土と共に16世紀終わりから17世紀代の土師器皿がみつかりました。したがって、現状では江戸時代前期の可能性が強いものと考えられます。安土桃山時代から江戸時代前期の上京は、商業と工業の町として繁栄を遂げました。この石組はそういった商人の屋敷に伴う施設だったものと考えられます。
(鋤柄)

 土の中から覗いている土器を見ると不思議な気持ちになります。小学校で昔習った、その頃は只のフィクション(物語)だった歴史に直に触れているという感覚は、私が生きている「今」も歴史の一瞬であるということを改めて感じさせてくれました。
(杉本)

 素人眞々部貴之は、大量に出土するかわらけなんかより、近・現代?に同志社で使われていたとも思われる透明硝子の薬瓶に心を奪われてしまいました。江戸と現代日本のハザマからやって来た瓶。「ヨヂユムチンキ」といういかした商品名、ダルマをあしらった奇妙奇天烈なデザインに時代というリアルを感じてしまい、もうイチコロ。メロメロだじ。
(眞々部) 



江戸時代の石組


だるまマークの「ヨジユムチンキ」



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