2008年2月18~29日の予定で、京田辺市の古代寺院普賢寺の塔跡の測量調査を行っています。普賢寺は現在では観音寺と名称が変わっていますが、天平期(奈良時代)の木心乾漆十一面観音像(国宝)をもつことで知られる古代寺院です。境内の丘陵上の高まりの周囲にはおびただしい数の古代の瓦片が散布し、その中央に塔心礎が現存しています。測量調査は昨年度にも行い、その成果は同志社大学歴史資料館館報10号にも掲載しており、当HP上でもごらんいただけます。
 昨年度の調査では、塔基壇と推定される範囲だけしか測量図を作成できませんでしたが、今年度の調査は少し範囲を広げて、周囲の地形も加えた地形図を作製することを目的としています。
 測量作業は同志社大学と大学院の学生が行っています。まず、GPS測量した基準点から機械測量して国土座標値の明確な基準杭をいくつか設置します。そこからトータルステーションを使って各標高の座標値を読み取り図面に記入していきます。同じ標高の点を線で結び、等高線を描いて細かな地形を読み取れる図を作成していきます。写真1のように、伐採をしていない山中で測量しているので、なかなか作業は大変です。写真2のように昨年作成した図の周囲の地形の等高線を書いていきます。いまのところ調査は順調に進んでいます。

写真1山中での測量作業
写真2出来上がりつつある測量図

 この塔基壇は、平坦地でなく丘陵の尾根上にあります。出来上がりつつある測量図をみると、急峻な尾根の上面を平坦に整地して、その南東端に基壇を設けているように思えます。つまり、基壇の東・南側には急峻な斜面がみられるわけで、その部分の等高線測量図を完成させるのが今回の目的なのです。教科書的な古代寺院景観は広い平坦地に方形の伽藍配置のあるものが有名で、南山城地域では木津川東岸の高麗寺などで立派な伽藍が検出されています。しかし、普賢寺の塔跡はこれとは違います。測量作業の結果、方形の伽藍配置を持たない7・8世紀台の寺院建築の実態を示すことができます。また、近隣の八幡市の美濃山廃寺(白鳳~奈良時代)も同じように山中に地形に合わせた建物群のあることが近年の調査でわかっています。木津川西岸部の古代寺院の特徴かもしれません。
 今回の調査では、本学文化情報学部の津村専任講師と岸田研究支援員の協力により、基壇部分の地下探査も行います。レーダー探査と磁気探査の二種類の方法を駆使して下層の基壇の形状を類推するのが目的です。周囲に散布する多量の瓦片から、この塔跡には瓦積基壇(側面に瓦を積み上げて飾り立てた基壇)があったのではないかといわれています。地下探査で瓦積の痕跡が検出できるかどうか期待しています。成果の速報は、次回の館報11号(2008年秋刊行予定)に掲載して、当HP上でも公開します。
 このように、発掘調査を行わなくても遺跡・遺構からは様々な情報を得ることができます。歴史資料館では、校内遺跡の発掘調査だけでなく様々な方法で遺跡や歴史資料の学術調査を行っていきたいと考えています。