最終更新日 2002年4月17日

 同志社大学では、学生・大学院学生の諸活動をより一層積極的に支援するため、現在の大学会館を改築することとなりましたが、その一環として新町キャンパス内にあるボックス棟の改築をおこなうこととなり、新町キャンパス北別館地点の発掘調査を、2002年2月12日からおこなってまいりました。  調査の結果、調査区の中央から南半部で室町時代の堀や安土・桃山時代の石列などがみつかり、北半部から江戸時代前期~中期の、鏡を鋳造した工房群が発見されました。  これらの調査成果は、上京の歴史と京都の職人の姿を復原する新しい資料です。

江戸時代の鏡作り工房群 調査区の北半部からみつかった工房群は、大きく江戸時代前期と中期の2時期に分けられます。いずれの面からも鏡の鋳型が出土し、鋳造や鍛治の炉および蔵の跡もみつかりました。なかでも江戸時代中期の工房群は、上立売通りに面して、東西は45m以上、南北15m以上の範囲ににひろがり、少なくとも5棟の土蔵と、6基以上の炉がならぶ、大規模なものだっことがわかりました。またその一角に設けられた石組みの地下蔵からは、大量の焼けた土壁と共に鏡や水指などの青銅製品や鋳型・銅滓などが捨てられた状況で出土しました。これらは近世の鋳造作業の実態を復原するための貴重な資料です。

室町時代の堀 調査区の中央北よりを東西にはしります。規模は、上端の幅が4m、下端の幅が1mで、深さは2m以上になります。この溝は、1974年に西に隣接する新町別館棟の建設に際して調査された時にみつかった堀につながる可能性があります。現在その一部は新町別館棟の西側で見ることができますが、これをつなぐと、その総延長は60mになります。最上層から15世紀代の土器が出土しており、南北朝から応仁の乱の頃にあったものと考えられます。

~調査風景~