最終更新日: 2004年1月20日

岩倉大鷺町地点
発掘調査報告

目次

  • はじめに
  • 例言
  • I 位置と環境
  • II 調査の成果
  • III まとめ(松田)
  • 参考文献
  • 抄録
  • 図・表一覧
  • 写真一覧

  • ※ この報告で用いた遺構・遺物実測図については、PNG形式による縮小画像のみの閲覧となっております。
    詳細をご覧になりたい方、DXF形式のベクターデータでの閲覧を希望される方は、図・表一覧からのダウンロードでご覧いただけます。
    なお、本報告で用いた地図を二次的に利用する場合、個人的な利用の範囲であれば手続き等は不要ですが、別途成果物を作成される場合は国土地理院への申請手続きが必要になる場合がございます。その際は、国土地理院までお問い合わせください。

    岩倉大鷺町地点 発掘調査報告

    同志社大学外国人客員教員宿舎(看山ハウス)新築工事にともなう発掘調査


    はじめに

     岩倉の歴史は、その名があらわすとおり、磐座(いわくら)信仰に由来するものとされております。古くから、京都盆地の北方に位置する聖地のひとつとして、また古代以降は、都市郊外の一大窯業生産地として認知されていたことも、当地域の特色といえます。

     平安時代以降も、岩倉盆地の北には大雲寺をはじめとする寺院が相次いで建ち、また室町時代以降は、多くの貴族たちが別業を構える隠棲の地となり、また江戸時代以降は禁裏・ 法皇の御料地ともなりました。そして昭和4年(1929)、現在の同志社高等学校の移転がありましたが、以後の住宅開発などで岩倉の土地利用は大きく変貌し、現在にいたっております。

     発掘調査がおこなわれた大鷺町周辺は、従来遺跡の有無も確認されておりませんでしたが、本学の外国人客員教員宿舎(看山ハウス)建設にともなう発掘調査によって、古代に遡る可能性のある条里地割の痕跡を発見することができました。これは、岩倉地域で様々な議論がなされている、古代の条里地割の施行の問題にも一石を投じるものといえます。

     調査期間中は地元の方々に、同志社高等学校移転時の当地の利用状況などについて貴重なお話を聞くこともできました。ここにお礼申し上げます。

     歴史資料館では、このたびの調査・研究成果をふまえ、岩倉地域を含めた歴史研究をよりいっそう進めてゆく所存です。今後とも本館の活動にご指導・ご鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げます。

    2003年9月
    同志社大学歴史資料館
    館長 黒木保博


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