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最終更新日: 2017年3月29日
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学内の歴史系研究活動

同志社大学内には学生・教員による歴史系研究会がいくつかあります。下の項目をクリックすると、例会情報などが御覧いただけます。

文字


文字によって歴史を復原することのできるのは、文献史研究家 だけではない。考古資料においても、人名・紀年銘をはじめとする 様々な文字が遣され、それらは、しばしば文書資料に記されることの 無かった歴史を物語る場合がある。


東大寺瓦

「美濃国」銘須恵器杯身(芥見窯)

「慶長元年」銘素焼涼炉(中学体育館地点)

「播(播羅郡)」銘瓦(武蔵国分寺跡)

「天保三年」銘薩摩窯徳利


肥前系磁器壺コンプラ瓶(折生迫遺跡)

コンプラ瓶

Compradorは仲買人と訳されたポルトガル語。コンプラ瓶は、 長崎県の波佐見で焼かれ、醤油や酒などの輸出に使われた容器。 江戸時代の終わり頃から明治時代にかけて、長崎のオランダ商人 により東南アジアやヨーロッパへ運ばれた。

大野寺土塔瓦

大阪府堺市に所在する大野寺は、神亀4年(727)に行基によって造営された と伝えられる。大野寺土塔は、底面が1辺50〜60mの正方形で、13の段をもつ 高さ10mの土製の塔である。塔の各段には瓦が葺かれていたと推定され、 その瓦に多数の人名が箆書きされていた。

これらの人名瓦は、個人の姓名を記すことに重点を置き、また公的な書き添えも 無いため、行基という人物を中心にまとまった、政治力を背景としない民衆の 集団の存在と活動を予想させる。これは武蔵野国分寺瓦に、国分寺建立にあたって 造瓦を分担した郡の名がみえ、それが政治的な組織と運営の強行によって 遂行された国分寺建立の背景を物語ることと対照的である。 多様な古代社会の仕組みを見直す手がかりと言えよう。


「男女」

「秦公色夫智□」

「善名」

「岡田史石□」

「弟日女」

「□師姉□」

「土師宿禰茅?□」

「法良女」

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